
4月は、関税の発動をきっかけに相場変動(ボラティリティ=価格の振れ幅)が急拡大し、米中対立が一段と強まる可能性が意識された。
トランプ米大統領は4月2日を「解放の日」と呼び、米国に不利だとみなす貿易慣行を正すとして、広範な世界向け関税を発表した。
内容は、基本税率10%の関税に加え、対米貿易黒字(米国より多く輸出している状態)が大きい国・地域に相互関税(相手と同程度の負担を課す考え方)を上乗せするもの。EUには20%、中国製品には既存20%に34%を追加し、実効税率(実際に効く税率)は54%となった。
これらは4月5日に発効し、市場は混乱。世界株は急落し、コロナ禍以来の大幅安となった。原油は世界景気減速で需要が落ちる懸念から下押し圧力を受け、金(ゴールド)は安全資産(有事に買われやすい資産)として買われ続けた。為替市場でも大きく変動した。
トランプ政権は、各国が米国に有利な条件で貿易協定を見直す時間を与えるとして、中国向けを除く関税を90日間停止した。
市場は一旦落ち着いたものの、米中という世界最大級の2経済圏の「貿易戦争」リスクは残る。双方が報復関税(相手の関税への対抗措置)を掛け合い、関税率は最大125%まで拡大。米国は対中輸入関税を145%に引き上げ、実質的に両国の貿易を止める水準となった。WTO(世界貿易機関)は、今年の米中貿易が80%減少する可能性を示している。
本レポートでは、地政学リスク(国際政治・安全保障に起因する不確実性)が5通貨と、関税の影響が大きい5業種に与える影響を整理する。今後の価格に影響しうる注目点も示す。状況は変化が速く、市場心理(センチメント=投資家の強気・弱気の傾き)も急に変わり得るため、関連ニュースを継続的に確認したい。
Gold
金は、地政学不安を背景に安全資産として買われ、史上最高値を更新し続けている。3月半ばに1オンス(oz=約31.1g)当たり3,000ドルの節目を突破し、足元の高値は3,500ドル近辺。
米財務長官の発言を受けて短期的な押し(下落)は出たが、金高を支える材料が大きく変わらない限り、押し目(下げた局面)では買いが意識されやすい。

図1:金の日足。1オンス当たり3,500ドルまで上昇
Oil
原油はここ数週間で急落し、重要な下値支持線(サポート=下げ止まりやすい価格帯)とされる65.00ドル近辺を割り込み、4月初めには4年ぶり安値を付けた。ドル安は下支え要因だが、関税が世界経済に与える悪影響への不安の方が大きい。
世界景気が減速すれば原油需要は落ちる。米中対立が長引けば、中国の製造・輸出に悪影響が出て原油需要がさらに弱まる懸念もある。
米中の緊張緩和や関税引き下げが進めば、原油への下押し圧力は和らぎやすい。

図2:原油の日足。65.00ドル上の重要水準を下抜け
Forex
USD
米ドルは弱含みが続き、4月初めの関税導入後に下落が加速。DXY(ドル指数=主要通貨に対するドルの強さを示す指数)は3年ぶり低水準となった。IMF(国際通貨基金)が2025年の米成長率見通しを1.8%へ下方修正したことも重し。
関税の影響で投資家心理が悪化し、より安定的とみられる安全通貨の円(JPY)などへ資金が移ったことも、ドル安要因となった。
ドル見通しは難しい。FRB(米連邦準備制度理事会=米国の中央銀行に相当)は、関税による物価上昇(インフレ)リスクと景気減速リスクの両方を見なければならない。貿易摩擦が続き、米景気の減速がはっきりすれば、ドル安が続く可能性がある。
一方、摩擦が和らぎ、景気に明るい兆しが出れば、ドルは下げ止まり、持ち直す展開もあり得る。

図3:DXY(主要通貨に対するドル指数)の週足。下値支持線を割り込み、3年ぶり安値
EUR
ユーロは、米政策への不安から「ドルの代替」として選好され、関税局面で恩恵を受けた。EUは、財政政策(政府の支出・税制による景気対策)やECB(欧州中央銀行)の金融政策(政策金利や資金供給で景気・物価を調整)などで成長減速を抑える姿勢も評価された。ドイツの投資拡大も支えとなっている。
ユーロは3月初め以降、対ドルで11%超上昇。米政策を背景としたドルの弱さが続けば、ユーロは対ドルで底堅く推移しやすい。

図4:EUR/USDの週足。長期のユーロ安局面から持ち直し.
CAD
カナダドル(CAD)は4月2日の関税発表の直接の影響は限定的だったが、年初にトランプ政権から多くの製品に25%関税を課され、CADは急落して5年ぶり安値となっていた。
カナダ銀行(中銀)は利下げ(政策金利の引き下げ)を一旦停止。足元のドル安も重なり、CADは対ドルで下げ止まった。
今後は最大の貿易相手国である米国との摩擦次第。輸出主導の経済で、輸出の約75%が米国向けのため、新たな合意に至るまで逆風が続きやすい。
AUD
豪ドル(AUD)は、地政学リスクと世界関税の「間接的」な影響を大きく受けた。豪州が主な標的ではなくても、中国との貿易関係が深く、米中対立の激化が豪ドルの重しになりやすい。
中国は豪州最大の貿易相手国で、中国景気が減速すれば豪州輸出、とりわけ鉄鉱石需要が弱まる。豪州は資源輸出の比重が高く、世界的な緊張でコモディティ(資源・商品)需要が落ちれば豪ドルは下押しされる。
足元で豪ドルは対ドルで反発したが、豪ドル固有の強さというよりドル安の影響が大きい。中長期では、米中関係の行方と中国景気の改善度合いが焦点となる。
JPY
円は、関税発表後に複数の要因で動いた。円は安全通貨とされ、貿易摩擦による相場の不安定化を嫌って資金が流入しやすかった。
一方、日本には自動車に25%など重い関税が課された。米国は日本の自動車輸出の約20%を占めるため、輸出依存度の高い日本経済への影響は大きい。IMFは日本の成長率見通しを0.6%へ下方修正し、日銀(日本銀行)の金融政策運営も慎重になりやすい。
日本は、新たな貿易合意を巡り米国に代表団を送った国の一つで、交渉進展は経済の不安を和らげ得る。中長期は協議の行方を確認したいが、短期的には世界の不確実性が続く限り、円は安全通貨として支えられやすい。

図5:USD/JPYの日足。年初来、円高・ドル安が進行
Indices
世界の株価指数(インデックス=株式市場全体の動きを示す指標)は、関税発効直後に急落し、コロナ禍以来の悪化となった後、いったん落ち着いた。米株指数は2月高値から20%超下落し、特にハイテク株とNASDAQ(ナスダック=米国のハイテク比率が高い株式市場)が大きく売られた。
足元では小幅に戻しているが、米財務長官スコット・ベッセント氏が「中国との合意は不可避」と述べた後も、世界景気減速への懸念は残る。
トランプ政権から「関税は最終的に大幅に下がる」との発言もあり、将来的に米中が何らかの交渉で合意するとの期待は出ている。

図6:S&P500(SPX)の日足。2月半ば以降で20%超下落
Manufacturing
製造業は、世界の供給網(サプライチェーン=部品調達から生産・物流までのつながり)への打撃が大きく、関税の影響を受けやすい。輸入部品への依存度が高いため、生産コストが上昇した。自動車は特に影響が大きく、米国は輸入を減らして国内生産車の需要を増やす狙いがある。イーロン・マスク氏は、テスラが米国内生産を倍増させると述べた。
Retail
小売は、コストの低いアジア生産品の輸入が多い。利幅(マージン=売上に対する利益の割合)が小さく、コスト増を吸収しにくいため、価格転嫁(値上げ)が起きやすい。結果としてインフレ懸念が強まり、販売減や消費減につながる恐れがある。
Agriculture
農業は報復関税の影響を強く受けた。輸出依存が大きく、中国、カナダ、EUなど関税負担が重い相手先への輸出が特に打撃を受けやすい。
需要が短期でも落ちると、生鮮品などの廃棄が増えやすく、農家所得が悪化し、政府補助(補助金)の必要性が高まる可能性がある。
Pharmaceuticals
医薬品も、インドや中国など関税負担が重い市場への依存が大きい。関税で供給網が乱れ、重要な原材料(有効成分など)の調達に関する規制対応も難しくなると、必要な薬の供給不足が懸念される。コスト増による物価押し上げも課題。
医薬品はインド・中国経済にとっても重要産業であり、供給網の小さな混乱でも世界への波及が大きくなり得る。
Tech
ハイテクは地政学面の影響が大きい。米中は技術革新とAI(人工知能(AI)=人の知的作業をコンピューターで再現する技術)で主導権を争っている。生産は世界で分業が進んでおり、部品・材料への関税が生産コストを押し上げ、価格転嫁を通じてインフレ圧力になりやすい。
この分野で混乱が起きると、国境を越えた共同開発が減り、AIやグリーン技術(脱炭素関連技術)の開発が遅れる恐れもある。
Crypto
ビットコインは当初、先行き不透明感から投資家が安全資産へ移り、リスク回避(リスクオフ=価格変動の大きい資産を避ける動き)が強まったことで下落した。暗号資産(仮想通貨)は一般に高リスク資産と見られやすい。
ただ、その後の関税90日停止の発表で持ち直した。中長期では、ドル安や従来型の金融リスクに対するヘッジ(損失回避の手段)として評価する見方もあり、見通しは底堅い。
